自伝でわかる現代アート (平凡社新書)

本書が取り上げるのは8人の「先駆者」たち、すなわちF.L.ライト、マン・レイ、S.ペリアン、A.ウォーホル、草間彌生、田中一光、I.カバコフ、C.ポルタンスキー。そうして仕上がった「本書はいわゆる美術評論に該当する書物である。このジャンルに該当する書物は、内容に応じていくつかの種類に区分して考えることができる。美術の初心者・初学者を対象とした入門書、特定の作家や流派を対象とした作家論、絵画や彫刻などの諸ジャンルや自分なりの芸術観について述べた作品論や芸術論、新聞、雑誌、カタログなどに折々に発表したテキストをまとめた時評集などがそれに当たる。……ところが本書は、特定のアーティストに照準を合わせているとはいえ、自伝というバイアスを経由している以上まっとうな作家論とも作品論とも言えない。一通り仕上がった原稿を前にして、私は本書が以上のどの区分にも該当しない奇妙な書物であることに気付いたのである」。あとがきにおける「奇妙な書物」というこの独白に新たに付加すべき表現を別段持ちようもない、というのが偽らざる感想。私が表題から本書の内容として想像したもののといえば、各人の「自伝」のコンパクトな起承転結とそれら言説の属する「現代アート」文脈の補足。ところがまず絶対的に自伝の参照が少ない。各人の引用数といえば、ほぼ片手で数えられる程度、かといってテキストの概要が筆者自身のことばで補足されるでもない。記述の中心を占めるものと言えば、主に二次資料に頼った彼らの略歴。そしてこの点が「奇妙」という印象をさらに加速させる。冒頭早速面食らう、すなわちライトが年齢をサバ読んでいると言う。作品内世界として完結していればいいわけで、真偽を問うて何になる？セルフ・イメージと他者から見える像がまるで別物なんて万人が直面させられることで、「自伝」という媒体を通じてとことん書き手の内面に寄り添えばいいのに、それはしない、といきなり冷や水を浴びせてしまったわけだ。主題化されたはずの「自伝」から「自伝」という特権をはぎ取ってしまった以上、もはやそれは参考文献の一冊でしかなくて、「自伝」に固執すべき何らの理由をも以降の描写が持ち得ないのも当然のこととなってしまう。いっそ読者サイドのマインドとしてそう割り切って、各人の簡略な入門書として読んでいえば、むしろオーソドックスな類の本なのかもしれない。筆者による対象の体験をめぐる自己言及とて、そう珍しい話ではない。けれども、一度「自伝」を求めてしまった以上は、ピント外れの茫漠たる印象を拭い去ることができない。理性の旗印の下、「意味」を志向する近代のその先で、あえて「意味」を拒絶する、そんな非‐近代としてのポスト・モダン、あるいはその具体としての現代アートが投機的商業価値を別にすればさしたる何かを残しえないように、あえて「自伝」を脱臼させて「自伝」を参照したところで、そこにさしたる「意味」はなく、ただ漠然と「奇妙な書物」との感が立ち込めるだけ。そんな実験の失敗としてみれば、無二の仕方で「現代アート」を表現している、と言えないこともない、それだけの一冊。